gdgd日記-Neo

ゲームなどの趣味、調べたことのまとめなどなんでもアリ。

「仕事」に対する考え方

 最近ホント仕事に対してストレスしか感じないので自己満足でぼやいてみる。

 

 もともと今やってる仕事は、自分が「すごくやりたい!」っていって目指した仕事でもなく、高校3年の12月に、自分の偏差値と行きたい大学と、ほとんど「なんとなく」みたいな感覚で選択した道なので、自分の責任も大きいんだけど、まぁやる気が出ない。

 いや、やる気が出ないとは言えしっかりと仕事はこなしてるし、というか他のスタッフよりも正確に、迅速に業務は遂行できているし、物事に対する理解力も秀でている方だと思っている。ただ、「+α」をやりたくない。その+αは「お金にならない事」である。

 その分野にすごく興味を持っていて、自分の趣味と同レベルに時間を割ける、そういう内容であれば当然無償でも喜んでやるんだろう。そりゃそうだ。一部の人間を除いて、「お金を稼ぐためにゲームをする」、「お金を稼ぐためにあるスポーツをする」という人はいない。もちろんその一部の人間というのはいわゆるプロを指しているのだが、自分が本当に好きなことで生計を立てることができている人なんてほんの一握りではないだろうか。

 私はそうではない。あくまで仕事は「お金を稼ぐための手段」である。ただ、給料を貰っているんだからそれに対してしっかりと仕事はする。それは当たり前のことだと思っているし、しっかりと相応の働きはしていると自負している。ただ、お金が出ないのであればやりたくない。サービス残業とか、研究・学会発表・勉強会などである。

 ちなみに、私の職種は「医療職」というやつである。医者ではないが、まぁ病院に勤めて専門分野で働いている。だから当然学会に行ったり、発表したりする同僚がいる。でも私は興味がない。興味はないが、日々の業務に差し支えることの無いレベルの知識はもっているし、多少興味のあることに関しては勝手に勉強もしている。だが論文を書いたり、研究を行って学会で発表したりしようと思うと、その準備にはかなりの時間を要する。そして、それは時間内にできるわけもなく、当然業務時間後に残って勝手にやることとなる。あたりまえだが残業代なんて請求できない。興味が無いことを必死で調べ、考え、まとめる、通常の業務を終えた後にわざわざ残って無償でそんなことをやりたいわけがない。

 言うまでもないが、もちろんこの仕事が好きでやっている同僚もたくさん?いる。本当に心から好きでやっている人がどのくらいいるのかは私もよくわからないが、一応やれといわれるから皆ほどほどにそういった発表を行ったり論文を書いたりはしている。私もこの仕事についてから1度は学会で発表を行っている。一応、入社後1,2年でなにかしら発表するという暗黙の了解があったし、まぁそれは仕方ないかなと割り切って頑張った。終わって得たものは?「あーめんどくさかった」という感想と「やっと終わってくれた」という開放感だけだった。

 好きでやるんであれば是非たくさん調べ物をして、興味のあることを考え、まとめ、発表すればいいと思う。でも、私のような興味を持てない人に強要しないでほしい。やれというのであれば、業務時間内にできる環境を作るべきだし、ルーチン業務に追われるだけのこの環境をどうにかしてから言ってくれとしか思わない。

 とはいえ、現時点で強要されているわけではないが、「そろそろ発表してよね」とは何度か言われている。そのたびに渋り続けているが、いい加減やれよ感が苦しい。先日も、とある専門の資格取得のプログラムに推薦されたのだが、数年かけて研究・発表・論文作成を行い、試験を経て資格取得を目指す、そして取得すれば毎年学会費を払って各種学会に一定回数参加しなくてはいけない、という興味もない人にとってはトンデモナイものである。流石にこれにNoとは言いづらかったのだが、承諾した場合の今後の悲惨な将来を考えると意地でもYesとは言えず結局断った。「意外」だとか「理由は?」とか聞かれたが、そもそもコレだけ学会発表を渋っている私に「意外」という感想はいったいこれまで部下の何を見てきたんだという呆れを感じた。理由はメリット無いし興味ないし、というところだが、「メリットが今見えなくても、とりあえずやってみようという気はないのか」といった質問を受け、考え方の違いを感じた。どうやら、自分たちの頃にはこういう話を貰えば、メリットとか考えず、とりあえずがむしゃらに努力してみようとか、そういった考えでこれまでやってきたらしいので、私の考え方が異質に感じたとのことであった。私はメリットも見えないのに今の自分を犠牲にしてまで頑張れない。まぁだいたいのことは上肢に伝わったようであり、「おもしろいね~変わっているね~」という感想と「でも最近の若い人はそういう考え方の人が多いみたいよ」という情報を戴いた。

 この考え方の違いは年齢に依るものなのだろうか。私のTwitterのTLでは頻繁に仕事に対する愚痴のようなものが見られるし、仕事を辞めたがる旨の発言もたびたび目にする。まぁTwitterの特性から考えても大真面目に言っている人もいれば、軽い気持ちで単にぼやいている人もいるだろうから、本当にみんなが心から今の仕事に対して大きな不満をもっているとは言い難い。そもそもプライベートのことをほぼつぶやかない人も多いのでそういった人の今の仕事に対する気持ちは全くわからない。だが、やはりTLの人々(=年齢が私に近い人たち)はあまり現状の仕事にやりがいを感じていたり、高い満足感を感じているようには思えてこない。あくまで仕事は自分のプライベートを充実させるためのお金稼ぎの手段と捉えている、要は私と似たような感覚で仕事をしている人が多そうな雰囲気を感じる。まぁ私のTLの人たちはいわゆる「オタク」が多く、熱中できる趣味を持っている人たちなのでそもそもの一般的な「若い人」という母集団と比較してある程度バイアスのかかった集団にも思えるため、結局それを「若い人」と見なしてよいものかは懐疑的である。

 一応「若い人」の対義語には「年配者」というワードを用いることとするが(適切かはわからない)、この人達はいわゆる「社畜」として飼いならされており、そしてその感覚・環境を「当たり前」と思い込んでしまっている人が多いために、現代の私のような考え方を「変わっている」と感じるのではないか。上司の考え方は理解できるが、それを当たり前だと、皆に通ずる感覚であるとは決して思わないで欲しいと思う。

 正直今の職場の同年代の同僚たちも、私と同じような考えを持っている人はいるのだが、結局上司に何か言われれば評価を考えて首を縦に振ることしかできず、時間外に無償で望まない作業をしているのである。私はそんなことをするのであればたとえそれで評価が下がっても断るし、それは間違っていないと思う。というか、そんなことで評価を下げるくらいなら上司のことを その程度か と逆に低評価を下してやろうと思う勢いである。正直今の仕事も職場(というか上司)も好きではないのでどうにでもなれ感から来ている言動ではあるが、時間を無駄にしたくないので今後もこの姿勢は貫きたい。

 

何か面倒になって途中でいろいろ省いたり、「年配者」の使用を宣言しながらその時しか使わなかったり粗さが目立つが、最初なのでこの辺で終わりにする(